【特集「北大が育む食文化」】

第三章「北大ラズベリー」


生物生産研究農場で開発された北大ラズベリー。(提供:砂川果樹園)


北大の生物生産研究農場である余市果樹園で誕生した「北大ラズベリー」は、
北大の研究者と学生、そして余市町の農家などがチームとなり、
ラズベリーをめぐる「常識」に挑んだ成果だ。


「輸入が9割」の常識に挑む

 札幌から西へ約60q離れた余市町にある余市果樹園では、1912年から北大の生物生産研究農場として、リンゴやハスカップなど約60品種の果実の研究が行われている。ラズベリーは、フランス語では「フランボワーズ」、日本語で「西洋キイチゴ」と呼ばれ、甘酸っぱい風味と豊かな香りで料理に彩りを添える。日本でもケーキやお菓子に使われ親しまれているが、実は9割以上が輸入品だ。ラズベリーの主な原産国はヨーロッパやアメリカで、日本のような高温多湿の気候ではカビや病気で傷みやすい。このため、国内での栽培は難しいというのが「常識」で、ビニールハウスなどの設備投資をすればコストがかさみ、輸入品には太刀打ちできなかった。


 北大ラズベリーの実験の様子。
 (提供:星野洋一郎教授)

 北方生物圏フィールド科学センターの星野洋一郎教授は、フィールドワーク中に北海道にキイチゴが自生しているのに気付いた。「ラズベリーは日本の市場に普及しているのに、国内の品種改良が進んでいない」と考え、道内で育てやすく味の良い新品種の開発を、2007年から学生とともに始めた。

 星野教授らは、北海道に自生するキイチゴ5種類と、欧米のラズベリー14種類の特性を調べて掛け合わせ、100通り以上の交配試験に取り組んだ。ラズベリーの花粉を採取し、他品種のつぼみの花弁をそっと開いて、雄しべを取り除いたうえで雌しべに受粉する。その後、他の花粉を受粉しないように花全体に袋をかける。これを学生が根気強く手作業で実施し、実がなると、交配が正確にできたかDNA解析をして確かめ、できあがった果実の収量や大きさ、酸味、糖度、香り成分の一つひとつを解析した。

 その結果、病気に強いうえ収量も多く、風味や見た目の良い新系統が誕生し、特に優れた4種類を「北大ラズベリー」と認定した。さらに、野生種にあった1年に2回実をつける「二季なり」の特徴も併せ持つようになった。果実は海外より小ぶりだが、星野教授は、「見た目にこだわり、美しいものを厳選しました。味にも自信があります」と胸を張る。


地元・北海道に愛されるラズベリーへ

 星野教授が品種改良と同じく注力したのは、北大ラズベリーを余市町の農家に活用してもらうことだ。町役場に協力を依頼して、希望した町内の農家に北大ラズベリーの苗を配った。北大ラズベリーを育てている砂川果樹園の砂川啓二代表は、「北大ラズベリーは他の品種より香りと甘みが強く、収穫時に実が型崩れしないのもいいです。農家も高齢化していて脚立作業が厳しくなっているが、北大ラズベリーは木の背丈が低いので収穫がしやすく、病気や虫に強いので農薬散布の作業を省力化できます」と話す。砂川さんは北大ラズベリーをもっと多くの人に味わってほしいと、2024年2月からJALのオンラインショッピングサイトで販売を始めている。


ラズベリー&チョコレートマフィン。
(提供:Kurumi no ki)  

 また、北大ラズベリーは余市町の焼き菓子と雑貨のお店「Kurumi no ki」で「ラズベリー&チョコレートマフィン」として商品化されている。店主の竹内胡桃さんは、「3年前に余市でお店を始めた時、国内で、しかも地元で作られたラズベリーが手に入るなんて本当に驚きでした。北大ラズベリーは酸味がまろやかで、チョコレートにも合わせられてお菓子にぴったり。北大ラズベリーのマフィンは予約注文する人がいるほど人気です」と話す。

 2022年に商標登録されるまで、基礎研究から15年の月日を経て結実した北大ラズベリー。星野教授は、「研究が誰かの役に立ってほしいと思ってやってきました。常に綱渡りでしたが、たくさんの人の協力でここまで来て、奇跡だと思います。これからも北大ラズベリーを広めていきたいです」と意欲を見せた。






先人の知恵がつまった北大ブランド商品

城野 理佳子
KINO Rikako

北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー


 北大では、研究成果を活用し、本学の特徴を活かした商品を「北大ブランド」として認定しており、北大の名称やエンレイソウのロゴマークを付けて販売している。北大ブランドの商品は現在、食品や化粧品など276アイテムにのぼり、学内の生協やカフェ、総合博物館などで購入できる。

 北大の農場や研究技術を活かした商品は、「北大短角牛」、「北大ラズベリー」のほか、札幌キャンパス内の農場で放牧された乳牛から絞った「北大牛乳」などがある。北大牛乳は夏と冬で味わいが変わるのが特徴だ。夏は牛が放牧地に生える草を食べるため、あっさりとしたさわやかな風味に、冬は干し草やトウモロコシを食べるので濃厚な風味になる。「北大マルシェCafe&Labo」や総合博物館の「ミュージアムカフェ ぽらす」で楽しめるほか、北大牛乳を使ったクッキーなどのお菓子も同マルシェで販売されている。正門近くの「カフェdeごはん」では、北大牛乳のソフトクリームも提供されている。

 また、北大函館キャンパスに近い七飯淡水実験所で継代飼育されたサケマス類の淡水魚は「北大トラウト」として商品化。成果魚(研究で使われなかった魚)を活用しており、清潔な環境で育てられたため臭みが少なく、本来の身や脂のうまみを楽しめるという。サクラマスとヤマメの燻製が商品化しており、函館・五稜郭近くの「おしま産直マルシェ」などで販売されている。

 「北大ブランドは北大の先人の知恵や歴史がつまった財産。ぜひお店でエンレイソウのロゴマークを探して、商品を手に取って北大を身近に感じてほしいです」と城野さんは話す。




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