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オピニオン Opinion
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「都ぞ弥生」の大予言

 「ノストラダムス」の名前を記憶している人は少ないかもしれない。西暦1999年の7の月に恐怖の大王が降臨し、人類が滅亡するという大予言を残したあの予言者である。いやはや、実に、お見事に外れた「ノストラダムスの大予言」である。
 「あんなもの『嘘っぱち』に決まってんだろうが!??」と口では言いながら、1999年に入ってからは心穏やかに過ごすことができなかった。ノストラダムスが予言した7の月に入ってからは、夜になると胸騒ぎがして、毎晩、寝付きが悪かった。
 ノストラダムスのことを覚えている方であれば、エドガー?ケイシーやババ?ヴァンガなど、有名な超能力者、霊視能力者の名をご存知かもしれない。エドガー?ケイシーの霊能力などは、空恐ろしいばかりである。彼らのスピリチュアル?パワーは、クラーク先生の視線に怯え*1、古河講堂でおどおどしているどこかの学長のシックス?センス*2とはレベルが違う。

 さらに、筋金入りの予言者ファンであれば、「清少納言の大予言」「徒然草の大予言」なども、記憶にあるかもしれない。
 「枕草子」の冒頭の、「春は曙、やうやう白くなりゆく、山ぎはすこしあかりて、???」のくだりは、1993年にハワイ出身の曙関が新横綱に昇進すること、照明メーカーのヤマギワが盛業になることなどを具体的な名前まで挙げて予言しているという無茶ブリである。さらに、当時のレコード大賞受賞者が沢田研二、五木ひろしであることまでを予言した一節もあるというのである(ここを事細かに引用すると、大変なことになるので、省略)。
 バカバカしいと言えばそれまでであるが、「予言」とは、いつでも、虚実入り交じって、後付けの無茶ブリ解釈のオンパレードである。事実、ノストラダムスの大予言も未だに、息絶えていない。ノストラダムスの予言「2022」という手の込んだ予言がある。西暦2022年に「闇の3日間」が訪れ、これが今、私たちが直面している深刻な危機を予言していると強弁している。こんなことをしていると、本当に、元祖ノストラダムス先生の逆鱗に触れ、地球に天罰が下るのではないかとハラハラしている。

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 北大の恵迪寮寮歌の一つ、「都ぞ弥生」は、数多ある寮歌の中でも、燦然と輝く傑作である。??都ぞ弥生の雲紫に??で始まるこの名曲は、明治末年の札幌や石狩平野の茫洋たる田園風景や,当時の学生の心情を壮大なメロディで謳いあげている。
 身内びいきにもほどがあると揶揄されようが、構いはしない。誕生から110年を経ても、色褪せないどころか、ますます輝きを放つ名曲だ。清少納言の大予言で予言された沢田研二のレコード大賞受賞曲の「勝手にしやがれ」が忘れ去られても、「都ぞ弥生」は、人々に歌い継がれるレガシーになることは間違いない。少なくとも、ババ?ヴァンガの予言が的中し、北海道大学が世界と運命を共に消滅しない限り、100年後、200年後、いや、未来永劫、「都ぞ弥生」が歌い継がれることは間違いない。

 この曲は、今から110年前、明治45年に作られた。日露戦争の薄氷の勝利から7年目の春のことである。この明治45年7月30日に明治天皇が崩御され、明治45年、1912年は、7月30日から元号を「大正」と改めることとなる。歴史の転換点でもあった。
 「都ぞ弥生」は、北国の四季の色彩に溢れる歌詞を哀愁帯びた旋律がトレースするセンチメンタルな曲である。しかし、激動の「明治」が終わり、新しい時代「大正」に向けて、作詞の横山芳介氏、作曲の赤木顕次氏の二人の若い北大生の心には、時代の転換点の高揚した熱量があったはずである。

 今日の入学式では、新入生に「都ぞ弥生」を紹介した*3。一番の歌詞の終わりに出てくる名フレーズ「??人の世の 清き国ぞとあこがれぬ??」である。ここに、現在、私たちが直面している3つの危機に立ち向かう高い志が込められていると伝えた。
 本来の解釈は、「星影冴かに光れる北」、つまり、札幌農学校のある北海道に、「人の世の清き国」があるはずだと憧れているという意味である。「人の世」つまり「世界」が「清き国」「平和と繁栄の世界」であれと願っているという解釈にはならない。
 しかし、天才であれば、歌詞や曲の解釈も、予言の解釈のように、時代によって変わることくらいを見込んでいたはずだ。作詞の横山芳介氏は、「人の世の清き国ぞとあこがれぬ」という、寮歌には不似合いな大きな世界観を含む人道的メッセージを曲の一番の最後尾にこっそり忍び込ませた。「110年後の2022年の世界の危機を予言し、私たちを導くためにこの作詞をした」と今の危機にいる私たちへの勇気のメッセージと解釈しても、横山氏もお許し下さるはずだ。
 コロナ禍、ウクライナの戦火、地球温暖化による地球上の生態系の崩壊という3つの厄災は、どれもこれも、私たち人類が自ら引き起こした危機である。宇宙からの巨大な隕石が地球に衝突する地球的規模の危機とは、全く違うものだ。

 人間が自ら招いたこの3つの危機、私たち人間以外に解決できるはずがない。「人の世の清き国」のために、極東の小さな大学にもできることがあると、110年前に「都ぞ弥生」は予言している。
 100年後も200年後も、「??都ぞ弥生の雲紫に??」が入学式で演奏されている平和な清き国、世界を次の時代に繋げていく責任が私たちにはある。

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 ここだけの話であるが、「都ぞ弥生」は、110年後に、「清博」という名前の総長が、入学式でこの寮歌を引用することまで予言している。
 「都ぞ弥生」には、「清き国」の他にも「清」と言う漢字が不自然なことに3回も登場する。そして、驚愕すべきことに、3番の歌詞では、「清白」という奇妙な言葉を滑り込ませている、これは、「セイハク」と読むが、小生の名前「清博」は、音読みすると何と、「セイハク」ではないか! ここまで、予言するとは! 「都ぞ弥生」の大予言、畏るべしである。

 まさか???!?今年の5月の日本ダービーの優勝馬の名前がどこかに埋め込まれていることはないだろうと思いつつ、改めて「都ぞ弥生」を精読した。発見までには数日かかった。その結果、一番から五番の歌詞を読み込むと今年の日本ダービーの優勝馬の名前が浮かび上がるではないか! 
 申し訳ないが、今は、口が裂けてもその馬の名前をお伝えできない。